2021/04/28 17:47

 中学一年生の頃、私は漫画家を目指し作品づくりに熱中した時期がある。

一ヶ月かけた初の長編大作が完成した。

宇宙を舞台にした冒険活劇で、さっそくプロレス好きの友人Aに見せたのだが…

翌日、Aから返却された作品をみて顔が青くなった。

表紙に書き込みされていたのだ。

漫画タイトル「地国への道」の「国」の上にバッテンがしてあり「獄」と書き直され、

脇に「アホ」と書かれていたのである。

しかもすべて赤ペン。

確かに私は漢字を間違えた。

しかし消せないペンで書き込むことはないではないか。

Aはそういう無茶な奴だ。

 時は流れ高校生の時、町を歩いていると

「アポー」

という雄叫びが聞こえ、いきなり後ろから脳天チョップをされた。

別の高校に通うAだった。

「おー高浪、久しぶりやっかー、こんまえ意地で面白かことのあったとぞ、聞けー」

Aは勝手に話しだした。

なんでも数学のテストがあり全然解らなかったAは、回答欄すべてに

「アントニオ猪木」

「ジャイアント馬場」

「タイガー・ジェット・シン」

など好きなプロレスラー名を書いたらしい。

テスト返却時に先生から怒られ、罰として一時間机の上に正座させられた。

授業の終わり

「どうだアントニオA君少しは反省したか」

という先生の問いに、悪ノリしたA

「なんだコノヤロー」

と猪木の真似をしてしまった。

カンカンに怒った先生は机に正座しているAに、首がもげるほど強力な往復ビンタを喰らわせたらしい。

現在なら行き過ぎた体罰として問題になりそうな話だが、当時は悪いことをすれば殴られるのは当たり前だったし、

当の本人が体罰など屁とも思っていない。

それどころか

「机の上で正座ばして見せ物になってさ、最後にビンタやけんね、まるで『市中引き回しの上打ち首獄門』のごたるやろー」

Aはケタケタ笑い、極上の笑い話を得たことに至極満足そうであった。


  春の夕立が降ったらぜひこの本、森永種夫著『犯科帳の世界』だ。

長崎奉行所の犯罪記録を紹介した内容でとても興味深い。

「打ち首獄門」などは特別に重い刑罰であるが、もっと軽い「追っ払い」という罰がある。

罪の重さによって段階があり「居町払い」だと自分が住んでいた町から

「市中払い」だともう少し広い市内から

「市中郷中払い」だともっと広い範囲から出て行かなければならない。

尚、追っ払いになった罪人がこっそり戻って来たのが見つかると

「追払立帰(おっぱらいたちかえり)」

となり、前より重い刑を科せられる。

 こんなエピソードが書かれていた。

ある罪人が役人立ち会いのもと茂木方面へ追っ払いになった。

その直後、急な夕立になり罪人はあわてて木の陰に入ったが、

それが追っ払い線よりも手前だった為その場で追払立帰と見なされ、

もっと重い「島流し」の刑になってしまったというのだ。

その場面を想像すると面白い。

木陰で雨宿りをしている罪人を指差し

「あぁーっ、おぬし、今立ち帰ったな、確かに立ち帰った、わしは見た、確かに見たぞ、お奉行さまに言いつけるでござーる」

とバカ正直な役人が大騒ぎしたのに違いない。


2009年3月6日発行の『THE NAGASAKI No.631』に掲載されたテキストです


「犯科帳の世界」森永種夫著 長崎文献社