2021/08/14 10:42
イチローは次男だ。
鈴木家の長男は一泰さんという。
二人とも祖父の名“銀一”から一字もらい、父の宣之さんが命名したそうだ。
イチローが引退後、伝記映画化されることは間違いないだろう。
主役を演じるのは誰か。
ビジュアル重視で美形のアイドルか、または実力重視のベテラン俳優か…
この人選で作品の出来上がりは大きく違ってくる。
「ビギン・ザ・ビギン」
「ナイト・アンド・デイ」
ら数多くのスタンダードソングで知られる作曲家コール・ポーターには二本の伝記映画がある。
一つは一九四六年、大スターのケイリー・グラントが演じた『夜も昼も』。
もう一つは二〇〇五年、演技派のケビン・クラインが演じた『五線譜のラブレター』。
グラント版はドラマチックな演出で、アメリカ映画の華やかさが楽しめる。
ケビン版は、ポーターがゲイであった事実に切り込み、売れっ子作家の栄華と孤独を描いた。
どちらが真実に近いかといえば、もちろん後者のケビン版だが、だからといってグラント版が劣っているわけではない。
リアリティを追求するドキュメンタリー性をもった作品、退屈な日常を忘れさせてくれるエンターテイメント性もった作品、両方あっていい。
そんな観点で観てほしい映画が『長崎ぶらぶら節』だ。
長崎学の始祖である古賀十二郎(渡哲也)と、丸山の芸妓愛八(吉永小百合)の切ない恋物語である。
大好きな映画で観るたびに夕立のごとく号泣してしまう。
県外の友人が来崎する際は、長崎のイメージを膨らませてもらうため事前に観てもらったりもする。
しかし、映画の内容がすべて事実かといえば、そうではない。
映画の十二郎は無口で、渋く、ダンディだったが、現実はもっと“はっちゃけた”人物だった。
十二郎の晩年を知るおばあさんに
「古賀十二郎ってカッコよかったんですか?」
とたずねたところ
「そがんことあるもんね、ただの変人さ」
と言い放たれ、映画のイメージは一瞬にして壊された。
真の十二郎の人物像を知るのに最適な本が中嶋幹起の『古賀十二郎』だ。
興味深いエピソード満載である。
十二郎は大正八年、長崎市史編纂の主任に任命された。
当時、彼は昼間寝て、夜執筆する生活をしていたから、とんでもない時間に市役所を訪ねたりする。
守衛が時間外だから裏門から入るように言うと
「天下の古賀十二郎に裏門から入れとは何ごとだ、表門を開けたまえ」
と叱りとばし、門を開けさせた話。
そういう生活を知った友人が十二郎が起きる夕方、簡単な用事で訪ねたつもりが…
十二郎は顔を見るなり機関銃のごとくしゃべりまくり、そのまま友人を何時間も軟禁。
深夜も深夜明け方の午前四時、寺の鐘がゴーンとなるのを聞いて初めて
「それで用件は?」
となる話。
一番傑作だったのは、商工会議所の依頼で長崎開港記念日を選定する討論会。
長年のライバル永山時英(当時の県立図書館長)と熱い長崎学バトルをくりひろげるのだ。
いつかこのたちが悪い…いや人間味溢れる十二郎も映画化してほしいものだ。
最後に十二郎という名前だが、イチロー同様生まれた順番を意味するものではない。
明治十二年に古賀家の十二代目として生まれたことに由来するのだそうだ。
ジュウジローは長男であった。
「古賀十二郎」中嶋幹起著 長崎文献社