2021/12/18 12:02

「娘の行く末が心配なんだよ」

 飲み会の席で上司がポツリと言った。

十年前、サラリーマン時代の話である。

「トモちゃんって言いましたっけ、小学生ですよね」

「そう、今3年生」

「なにが心配なんですか?」

「お転婆っていうか、跳ね返りっていうかさ」

「元気でいいじゃないですか」

「そういう次元じゃねーんだよ」

「どういうことですか…?」

「今朝もさ、

『パパ、パパ、すごいの出た、見て見て』

ってトイレに連れて行かれて、

デカいウ○コしてんのわざわざ見せんだよね」

「そんなに大きかったんですか?」

「うん、あれはバッファロー並だな。

まあ、デカさはどうでもいいんだけど、普通見せねーだろ」

「そうですね」

「この前もさ、家族で地元の定食屋に行ったんだよ。

その店のオヤジがさ、スキンヘッドでレスラーみたいな奴でさ。

注文とるときも、ウンともスンとも言わねーんだよ」

「それは、恐いですね」

「オヤジがそのまま厨房に行こうとしたらさ、トモが

『おじさん“ハイ”は?』

って言うんだよな」

「返事は?ってことですか」

「そう。もう俺、焦っちゃってさ、

『バカ、いいんだよそんなこと言わなくて』

ってトモの口ふさいだよ」

 ある夕方。上司が慌ててやってきて

「高浪、学校から呼び出しの電話があったから、悪いけどあと頼むな」

「えっ、どうしたんですか?」

「トモが友達にケガさせたらしいんだよ」

翌日聞いた話によると、

カブトムシとクワガタのどっちが強いかという問題で口論になり、

トモちゃんは友達を張り倒し、さらに背中の上に仁王立ちしたそうだ。

しかも相手は男の子。

上司は翌日も、相手の両親に謝罪するために途中退社した。


 数日後、仕事が終わり上司と会社を出た。

「今日さ、家族で出かけるんで駅にトモが来てんだよ」

「わぁー、楽しみだなー」

「楽しみじゃねーよ、あいつ何するか解らねーから気をつけろよ」

「気をつけろよって?」

駅の改札のところまで来ると上司の家族らしき数人がたっていた。

トモちゃんは歩いてくる私たちを見つけると、ものすごい勢いで走ってきた。

そしていきなり初対面の私にむかって唾を吐いた。

なんとか避けたが、トモちゃんはさらに何発も唾を吐きながら追いかけてくる。

私は駅の構内をぐるぐると逃げまわった。

トモちゃんは並の“跳ね返り”ではない。

 

 跳ね返りといえば、龍馬の妻お龍もかなりのものだったらしい。

妹が騙されて遊女屋に売られたと聞いたお龍はひとり怒鳴り込んだ。

そして、出てきた入れ墨の男の胸ぐらをつかんで

「妹を返せ」と殴りつけた。

「女、殺すぞ」

と脅されるも、

「それは面白い、殺せ殺せ」

と言い放ち、結局は妹を取り戻したそうだ。

もう一つ、龍馬夫妻を世話していた長州藩士、日原素平の証言がこれまた興味深い。

「その頃、夫人のお龍さんはヒステリー病で、時々発病すると坂本先生が親切に看病した。

発病すれば茶碗、皿をかねて用意しておき、それを夫人に差出す。

夫人はそれを庭の飛石めがけて投げつける。

皿は粉みぢんに割れる。

夫人は大声に笑ふ。

かくして機嫌がなおる。

平和になる。

坂本先生はまことに気柔かに夫人のみならず何人にも親切であったが、

夫人のヒステリーはなかなか全快せず、時々発病して先生の心配は容易ではなかった」。

龍馬は、こんな跳ね返りのお龍を、

「まっことおもしろき女」

といって妻にした。

それならあのトモちゃんにも

「きみの、そのアナーキーさが好きだ!」

と言う男があらわれたっていい。

もう来年は成人をむかえるはず。

今度上司に電話して、トモちゃんに彼ができたか聞いてみよう。

そういえば、龍馬もお龍も長崎に滞在している間は変名を使っていたらしい。

龍馬は才谷梅太郎で、お龍はなんと鞆(トモ)であった。

 

 龍馬にも歴史にも興味がない人に推薦したいのが

『爆笑問題が読む 龍馬からの手紙』。

歴史というと勉強とイメージが重なり嫌になるが、

この本は彼らのコントで大笑いしているうちに、

気がつくと「歴史を学んでいた」という優れものである。

凍雨(とうう)が降り絶対外に出たくない日、コタツで読んでみては。

2010年1月8日発行の『THE NAGASAKI No.653』に掲載されたテキストの再録です

 


「爆笑問題が読む 龍馬からの手紙」爆笑問題著 祥伝社黄金文庫