2022/01/07 11:22

 トイレに入ろうとしたら、

「お兄ちゃん待って!」

と小学生の女の子に止められた。

親戚宅でひらかれた新年会でのことである。

 ユミちゃんは私のはとこにあたり、4月からは中学生になる。

「ユミが今出たばっかりだから、くちゃいよー」

と照れくさそうに笑った。

匂いがなくなるまでと、トイレの前で立ち話。

「学校ではね、大きい方でトイレにいくときは

『ウンティーに行ってきまーす』

って言うんだよ、汚く聞こえないでしょ」

と教えてくれた。

なるほど、なんともプリティーな響きだ。

以来、我が家でもその呼び方を使うようになった。

翌年の新年会でまたユミちゃんと会った。

あれから家でも「ウンティー」使ってるよと話すと。

「お兄ちゃん、ウンティーはもう古いよ、ユミたちは

U(ユー)って言ってるよ」と微笑む。

中学生になって英語を習い始めたからだろう、

今回は「Untty」の頭文字でアルファベット。

さらに翌年、もう一度聞いてみると、

最近は「チャーリー」だという。

スヌーピーで有名なアメリカの漫画『ピーナッツ』に出てくる少年、

チャーリー・ブラウンのことで、

大便が茶色い(=ブラウン)ことに由来するのだそうだ。

どんどん言葉は進化していく、女の子文化恐るべし。

 ちなみに私が小さい頃、高浪家では「文部省」と呼んでいた。

文部省推薦の「推薦」を、水洗トイレの「水洗」にひっかけている。

もう一つ「ワセダ・カレッジ」というのもあった。

これはWASEDA Collegeの頭文字が<WC>になるからで、

いずれも父のアイデアだった。

考えてみれば日本は江戸期から便所のことを、

「雪隠(せっちん)」

「後架(こうか)」

など、別の言葉に置き換える習慣がある。

時代時代で表現が変わりながらも、

伝承されていく日本文化の一つなのだろう。

来年の新年会で、ユミちゃんから最新型の呼び名を聞くのが楽しみである。

 

 形を変えながら伝承されていくのは言葉だけではない、

旋律(メロディ)もそうだ。

江戸期の長崎に、中国から伝わった

「九連環(きゅうれんかん)」

という唄がある。

丸山のお座敷で流行した明清楽の代表的な曲で、

月琴などの楽器で演奏する。

歌詞の内容は、九つの輪からなる知恵の輪を、

男女の仲にたとえた大衆歌だ。

長崎を訪れて「九連環」を聴き覚えた者たちが、

帰郷して唄い伝えていくうちに替え歌もつくられるようになる。

まずは江戸期に「かんかんのう」と名を変えて大坂で大流行。

明治期には「梅ケ枝節」「法界節」「さのさ節」になり、

昭和に入ると「もしも月給が上がったら」

極めつけは、昭和二九年に大ヒットした「野球拳」である。

『野球するならこういう具合にしやしゃんせ…

アウト!セーフ!ヨヨイのヨイ』

と言ってジャンケンをして、

負けたほうが服を一枚ずつ脱いでいく遊び歌。

今でもお笑い芸人がやっているテレビ番組を目にすることがある。

二百年もの長い間、歌詞を変えながらも九連環の旋律が脈々と伝えられている。

それも、誰かが残そうと努力したわけではない、

ただ何となく誰もが知っているのだ。

これはスゴイ。


 四温の雨(しおんのあめ)で外に出たくない日、

オススメしたいのが『歌で巡る長崎』だ。

長崎を題材にした楽曲の多さに驚愕する一冊。

 この本を読んで思いついた長崎活性化の案がある。

小中学校の夏休みの宿題に、

指定書の中から一冊選んで読書感想文を書くというのがあるが、

これの音楽版である。

『歌で巡る長崎』の中から一曲選んで、

自分流の<替え歌>をつくってみてはどうだろう。

やがて学校を卒業し、県外に就職した際

会社の忘年会の出し物などで自作の替え歌を唄う。

これがきっかけになって、また長崎生まれの旋律が

「野球拳」のように流行するかもしれないではないか。

私もさっそく「精霊流し」のメロディで1曲つくってみよう。

2010年2月5日発行の『THE NAGASAKI No.655』に掲載されたテキストの再録です

 


「歌で巡る長崎」宮川密義著 長崎新聞社