2022/02/25 10:58
とんでもない奴がいた。
中学のクラスメートAのことだ。
学校帰りに私とAは新発売のゲームを探しに岡正デパート(現大丸)へ行った。
おもちゃ売り場だから小学校低学年の子どもたちがたむろっている。
Aはそのうちの一人の男の子に近寄っていって頭の上からなにやら熱心に話している。
戻ってきたAに
「何、知っとる子?」
「いいや、全然」
「なんば話よったと?」
「エッチな言葉ば伝授してやった」
「えっ?」
「×××とか×××とかさ」
「そがんこと理解できんやろうもん」
「だけんさ、家に帰ってお母さんに意味ば聞いてみろって」
「悪趣味やなー」
「時限爆弾さ、今夜あん子どもの家でエロ爆弾が爆発すっとぞ」
あきれてモノも言えない。
私が帰ろうとするとAはガラスケースの上に置いてある大きなロボットのネジを巻き始めた。
そして手前を向けて手をはなした。
ロボットが歩き出す。
「走れ!」
Aと私はエスカレーターを逃げ下りた。
デパートを出るとAは満足そうな顔をして
「今頃あのロボットは床に落ちてバラバラに壊れとるやろうな、地獄への片道切符ばい」
「ようそがん最低なことばっかり思いつくな」
と言いながらも、私はAの悪知恵に少し感心した。
もう一つ忘れられないエピソードがある。
ある日Aに<キタキツネ物語>という映画を観たことがあるかと聞かれた。
ないと答えると
「うそっ!宇宙一面白か映画ぞ」
とAはそれから一時間かけて事細かに映画のストーリーを話した。
ジャングルでワニに食べられそうになった子キツネを命がけで母親が助けるシーンなど迫力満点。
野生のキツネでよくそんな撮影ができたものだ。
さらにAは言う。
「ゴダイゴのタケカワユキヒデがつくった音楽がさーもう意地で良かとさね
こいばっかりは口じゃ説明できんもんなー」
あまりにAが絶賛するものだからどうしても聴きたくなり
小遣いをはたいて<キタキツネ物語>のレコードを買った。
テープにダビングしてやったらAは飛び上がって喜んでいた。
それから十年ほど経ったある日
テレビで<キタキツネ物語>を初めて観て唖然とした。
Aが話したストーリーはすべて嘘であった。
ワニなど出てこない。
それはそうだ舞台は北海道なのだから。
私にレコードを買わせるための、
ゴダイゴ好きなAの巧みな作り話だったのだ。
トリックスターをご存知だろうか。
突拍子もないことを言っては場をひっかき回すいたずら者。
ユーモアとアイロニーに満ち満ちた言動はすごく魅力的でカリスマ性があるそんな人物のことをいう。
私にとって、今もっともトリックスター的な人物は、爆笑問題の太田光である。
彼の言葉はこれまで白だと思っていたことを黒に、
まるでオセロのように「ヒョイ」とひっくり返す。
はたして<善と悪><常識と非常識>が解らなくなり頭も混乱するが、
おかげで脳の普段使わないところを刺激してくれる。
何事も深く柔軟に思考しなければ、と考えさせられた。
とかく私は騙されやすい。
もっと賢くならないとまたキタキツネ物語のレコードを買わされてしまうだろう。
太田光の著書「トリックスターから、空へ」では長崎で起こった幾つかの事件についても言及している。
リラの雨が降る頃、一読してみてはどうだろうか。
2010年4月2日発行の『THE NAGASAKI No.659』に掲載されたテキストの再録です