2022/05/20 10:48

 平和公園に大好きなモニュメントがある。

「平和祈念像」と「平和の泉」の間に建つ「乙女の像」だ。

手をひろげた女性が彫刻された純白の記念碑で、一九八五年に中国より寄贈された。

像の裏側には、「和平」の文字が彫られている。

「戦争をやめて、仲直りしよう」という作者のピースなメッセージだ。

私は、しみじみ「和平」の文字を眺めていた。

すると、後ろから修学旅行の女の子グループが歩いてきた。

一人の女学生が「和平」に目を留め、トボケた調子で

「わへ」とつぶやいた。

周りの女子たちも面白がって「わへ〜」と真似をする。

先頭を歩いていたリーダーらしき子が

「あんたら真面目に平和学習しないと先生に怒られるよ」と諭す。

すると女学生は「だって、あたしゃもう平和だもーん」と悪びれた様子もない。

自分は既に平和なのだから、わざわざ勉強などしなくてもいいのだという意味だろうか。

彼女たちは「和平」の彫刻が気に入ったらしく、今度は記念写真を撮ると言って像の前でピースサインをキメる。

「ねーねー、ピースサインのピースってさー英語で平和のことじゃーん、知ってた?」

「それ、まじすげー発見、ノーベル平和賞ものじゃね?」

そして最後は全員で「わへへへへへ」と大笑いしながら去っていった。

  先生から見れば、彼女たちは不真面目な生徒である。

戦争犠牲者の冥福を祈るべき場所で平和を茶化したような言動はけしからん、と説教したくなるだろう。

しかし、はたしてあの女学生は不真面目で「わへ〜」と言ったのだろうか。

いや、逆に真面目ゆえのセリフだったかもしれない。

平和が大事なことは、誰しも頭では理解できる。

だが、「心から、真剣に、大事に思っているのか?」と真顔で問われれば

「いや、そう言われると…」と弱腰になる人もいるだろう。

さらに「そんな半端な気持ちで、平和とか戦争反対なんて言うのは偽善的だ」と追求されればもう言葉がない。

これは、誰かに指摘されるのではなく、自分の良心からそう問われるのである。

どうしていいのか解らなくなった彼女は「わへ〜」などと不真面目なふりをしながら平和に関わるという複雑な方法をとったのかもしれない。

考え過ぎという勿れ。

そんな「厳しすぎる良心」を持った若人は少なからずいる。

 

 不真面目だけど真面目な女学生たちにぜひ御覧いただきたいフィルムがある。

UKロックバンド 「フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド」の大ヒット・シングル『トゥ・トライブス(一九八四年)』のビデオ・クリップだ。

冷戦を皮肉った内容で、当時アメリカ大統領だったレーガンとソ連最高指導者のチェルネンコのそっくりさんが、土俵で殴り合うという衝撃の映像。

周りで札束をにぎりしめ怒号をあげて応援する観客は、世界の各人種である。

そのうち興奮した観客は土俵に乱入しバトルロイヤル状態になる。

つまり第三次世界大戦が勃発する。

そして最後、核爆発で地球が粉々になったところでビデオは終わる。

非常に不真面目な内容である。

しかし徹底的に不真面目さを追求した結果、心に突き刺さるような反戦作品になった。

平和を表現するのに決まった方法などない。

不真面目と誤解されようが、その人なりの自由な発想で表現すればいい。

『トゥ・トライブス』はそんな勇気を与えてくれる。

狐雨が降りそうな午後、鑑賞してみてはどうだろうか。

2010年8月20日発行の『THE NAGASAKI No.669』に掲載されたテキストの再録です



フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド『トゥ・トライブス』1984年