2022/06/17 12:36
白人の老夫婦が店に入ってきた。
その際、必ず聞いている事がある。
「どこの国から来ましたか?」だ。
しかし、今回の夫婦は聞かなくてもわかる。
なぜならば、ご主人のキャップに「ARMY(米陸軍)」の文字が刺繍されていたからだ。
このガタイの良さ、眼光の鋭さ、間違いなくアメリカの元軍人である。
この貫禄からいって、ジェネラル(将軍)・クラスであろう。
奥さんがまた品があってとても美しい。
店内でかかっていたパティ・ペイジの「テネシー・ワルツ」。
彼女は軽くハミングすると
「若い頃よく聴いたものよ」と微笑む。
まるで映画のワンシーンのようだ。
夫婦で、退役後の漫遊旅行でもしているのだろう。
「港にはどっちにいけばいいのかな?」。
帰りぎわ、ジェネラルが道を訊ねてきた。
私は港への地図を簡単に書いて
「店を出たらストレート、そしてライトに曲がって、今度はレフト、そしてまたストレート、そこがハーバーです」
と、少々ブロークンな英語で説明した。
ジェネラルはしばらく無言で地図を見ていたが、急に「オゥ!」と声をあげポケットから赤マジックを取り出した。
そしてまず、現在位置である店のところを丸く塗りつぶす。
そして力をこめてグググッと真っすぐ線を引く。
角で右に曲がる際にはなぜか「ヴゥン!」と叫ぶ。
次に左に曲がる時にも「ヴゥン!」。
そしてまた紙が破れるのではないかと思うほど力をこめグググッと真っすぐ線を引き、
目的地の港を「ヴゥ、ヴゥ、ヴゥーン!」と声を張り上げながらグチャグチャに塗りつぶした。
これは恐らく、歩兵部隊に対し攻撃命令を出す時のシチュエーションである。
最後のぐちゃぐちゃは「必ず、敵をせん滅せよ」という強い意志を表したものだ。
地図を見た瞬間、気分がアーミー時代に戻ったのだろう。
「ハッハッハー」と豪快に笑いながら店を出て行くジェネラルに、私は思わず敬礼した。
「グラント将軍日本訪問記」ジョン・ラッセル・ヤング著 宮永 孝 訳 雄松堂書店 発行