2022/07/02 10:13

 中学生の時、音楽の授業で課題がでた。

 隣の者とデュエットするのだが、それは歌でも楽器でも何でもよい。

とにかく二人で一つの音楽を完成させるというものだった。

この課題を聞いたとき、私は声には出さなかったが、内心「やった!」と叫んだ。

特に個性もなく勉強もスポーツもダメな私は、ふだん人に注目されることが無い。

だから常々なんでもいいから目立ちたいと思っていたのだ。

そしてついにチャンス到来。

私にはギターという秘密兵器があった。

誰にも知られず密かに練習していたのである。

課題曲は<ブンブンブン蜂が飛ぶ>。

ペアを組むA君はなんの野心もないから、もっとも無難な笛でメロディを吹く。

私はアルペジオで、ポロポロリンと華麗な伴奏を披露するのだ。

しかし、一つ気がかりなことがあった。

音楽の先生のことだ。

ベテランの女性教師で、教壇に立つだけでクラスにピリピリと緊張が走るほどの威厳があった。

男性教師よりもよっぽど恐いので「女太閤」と呼ばれていたほどである。

 さて当日、予想通りギターを持って順番を待つ私は注目を浴びた。

「わい、ギター弾きゆっとや?知らんやった」

「たかなみ君、見直したー」

などと羨望の的である。

ついに順番が回ってきた。

「せーの」で演奏を始めたのだが、なにかおかしい。

音が合わない。何度やっても合わない。

「ギターのキーが違うよ、カポつけなきゃ」と後ろのブラバンの女の子が背中をつつく。

はて、「キー」とは「カポ」とは何だろう?

と困惑していたら、女太閤のカミナリが落ちた。

「あんた、そんなことも知らないでギターなんか持ってきたの? 

いるのよねー、こうやって格好ばっかりのが。

もうあんたは弾かなくてよし。

A君だけ次のペアで一緒に吹いて」

という無情な言葉で私の晴れ舞台の幕は下りたのである。

 

 ホンモノの太閤秀吉の前で演奏したバンドがいたのをご存知だろうか。

大村家、有馬家、大友家のキリシタン大名の身内から選抜された天正遣欧少年使節である。

メンバーは

マンショ(伊東)

ミゲル(千々石)

ジュリアン(中浦)

マルティーノ(原)の四人。

ジョスカン・デ・プレの「皇帝の歌」を

アルバ(ハープ系)

クラヴォ(鍵盤系)

ラウテ(ギター系)

レベカ(ヴァイオリン系)で演奏したと言われている。

西洋音楽の旋律と調和の美しさに感動した秀吉は、三回もアンコールしたそうだ。

このライヴに先立って彼らはヨーロッパ全土をツアーしてまわり、市民や貴族から熱烈な歓迎を受けている。

当時、世界で一番偉かったローマ教皇と、二番目に偉かったスペイン国王が涙して迎えたという話まである。

このスケールの大きな活躍。

もはや日本のビートルズといっていい。

この使節がどのような理由で結成され、なぜヨーロッパであれほどの歓迎をうけ、

どうしてまた天下人秀吉の前でジョスカン・デ・プレを演奏するに至ったのか。

このスペースではとても説明しきれない。

そこでオススメしたいのが若桑みどり著『クアトロ・ラガッツィ』である。

上下巻、千ページのボリュームで字数は五十万字を越える。

しかも途中、若桑得意のジェンダー論まで飛び出す画期的な内容だ。

秋の地雨が降る長い夜、大航海時代にどっぷりとハマってみてはどうだろうか。

そういえば、ジョン・レノンの息子の名はジュリアンといったなぁ。

 2010年10月15日発行の『THE NAGASAKI No.673』に掲載されたテキストの再録です



「クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国」若桑みどり著 集英社文庫