2023/01/06 10:20
いきなりですが渡辺真知子の「迷い道」歌えますか?
私と同世代なら「現在 過去 未来〜」と口ずさめる方も多いのではないでしょうか。
実はこの三つの単語、長崎のオランダ通詞(通訳)志筑忠雄(1760〜1806)が造語したものです。
日本がまだ鎖国していた江戸期、日本に持ち込まれたオランダの書物を翻訳していたのは通詞たちでした。
習慣・文化が異なり文明が進んだ西洋の書物には未知の外来語が頻繁にでてきます。
そんなとき彼らは、まずそれと合致する日本語があるかどうかを考える。
ないときにはそのまま使用するか、あるいは日本人が理解しやすいよう「造語」を試みる。
そのまま使っている例として
「こんぱす」
「ぱん」
「れんず」などがあります。
当て字などされ、ほとんど日本語化している外来語も結構ありますよ。
「お転婆(蘭)」
「合羽(葡)」
「歌留多(葡)」
「缶(蘭)」
「天婦羅(西)」
「ポン酢(蘭)」などなど。
冒頭に紹介した
「現在 過去 未来」
というのは、もともと日本語にはなかった語彙で志筑がオランダ語の文法書を翻訳する際に訳出した文法用語です。
「形容詞」「副詞」もその時に造られました。
志筑は他にも
「引力」
「重力」
「求心力」
「遠心力」
「加速」といった物理学用語
「地動説」
「天動説」
「真空」
「衛星」などの天文学用語や
「鎖国」のような歴史用語までクリエイトします。
これらの言葉を使ってどれだけの詩や歌がつくられたことでしょう。
もしも私が江戸時代に生まれ志筑の立場にあったとして、果たしてこれだけの仕事ができただろうかと考えたりします。試しに「現在 過去 未来」を自己流に造語してみたら
「今事(こんじ) 昔事(せきじ) 先事(せんじ)」
くらいの言葉しか思いつきませんでした。
高浪流で歌う「迷い道」は、何とゴロが悪いことか。
つくづく志筑のような言語センスがある人物が長崎にいてくれて良かったと胸をなでおろしています。
『長崎舶来言葉』入江一郎(長崎文献社刊)